謹言
日本聖公会に謹言す
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何か奇妙だから
何か奇妙だから、鞍馬天狗に電話して、「糾す会」に問い合わせてもらった。あのビラ配布を行った日に、「糾す会」の携帯に発信番号非通知の電話があったそうなのだが、それが間違いなくあのFH司祭問題を駁すへの投稿者だったのかどうかをなのだが、電話の主は明らかに自分が書き込んだと言ったそうだ。しかし、天狗からまた別の重要なことを聞いた。
「あの卒園児の母親は、あのビラを読んでいない。」
「ではどうしてビラのことを書き込めたのか。」
「知り合いが連絡してきたと言っていたそうだ。」
やはり近藤さんが<天誅>というブログで言っているように、誰かが「卒園児の母親」にファックスであのビラを送ったのだろうな。あの文字の大きさだと、小さい方はファックスでは文字がつぶれてしまうだろう。それでタイトルしか書かれていないことが理解できた。
いま、「糾す会」の一斉メールが転送されてきたが、「糾す会」は今日もビラ配布をされたそうだが、こんな電話があったらしい。
「迷惑防止条例で警察に訴えると興奮して電話をしてこられました。
『こんな内容のビラを一軒一軒配布されたら幼稚園がつぶれていしまう!園児が集まらなくなる、入園児もほかに移ってしまう。配布をすぐ止めてください、止めてください!』と最後は懇願されました。」
遂に本音が出てきたようだな。
製品に不具合があることが判っているのに、その製品をリコールもせずに、テレビやインターネットでその製品のコマーシャルを続けているようなものだな。そして、インターネットなどでその不具合が暴露されて、慌てているのだろうが、だったらすぐに退職金返還要求をすればいいのだ。それでも、園児が減ることは仕方がないだろう。ある意味では当然の報いだ。あの最高裁への上告が却下され、高等裁判所の判決が確定したときがラストチャンスだったのだ。あの時点で、遡ってH司祭を懲戒免職にし、退職金の返還要求をしていればこんなことにはならなかったはずだ。そして、H司祭がいまだに「事実無根」を主張している残りの二人の被害者に対して、日本聖公会京都教区は誠実に謝罪し、そして被害者側の二つの要求を満たしておけばよかったのだ。
それだけではない。日本聖公会京都教区の主教と常置委員会は、きちんと裁判記録を閲覧してきていればこうしたことにはならなかったのだ。主教や司祭の権威は、教会の内側でしか通用しない。最高裁判所の上告却下で高等裁判所の判決が確定したことの社会的意味をきちっと認識できていればよかったのだ。そして、それに相応しい対応をしていれば、こうした問題は起きていなかった。
今度はどのジャーナリズムがこれを記事にするか。アエラの記事は、かなり多くの人々が読んでいる。そして、一番怖いのは、テレビのワイドショーだ。あそこで、ある食品が健康にいいというと、地方の町のスーパーでもそれが売り切れになるらしい。幼稚園に関心が一番あるのは子供がいる若い女性だろうが、その母親、つまり子供のお祖母ちゃんもかなり強い発言力がある。
S幼稚園はもう手遅れかもしれない。H司祭のことに関して、極めて常識的な対応をしていればこうはならなかったはずだ。教会は治外法権ではない。宗教的な教理や宗教的行為に関しては国は、それが法律に違反していない限り、何も介入してこない。しかし、一旦法律に抵触したことがあれば、国や地方公共団体はそれなりの対処をしなければならなくなる。
主教と常置委員会は責任を免れることが出来ないだろう。
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