謹言
日本聖公会に謹言す
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京都教区の不思議 その2
去年の11月23日に出された「常置委員会特別報告」で気になり続けてきたことがある。とりあえず、長文だがそれを引用しておくことにする。
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11月 2日(金)
Bさん本人、付き添いの方、高地主教、柳原司祭、宮嶋司祭の5名で、原田元牧師宅を予告なく訪問。直接面談を行い、約3時間の話し合いが行われた。
席上被害者のBさんは、被害にあった当時の様子、その時の気持ち、また、現在まで続く様々な精神的ストレスなど、Bさんの関係者の苦しみも含めて明らかにし、厳しく元牧師を追求した。
はじめ、弁解や否認をする様子も見せたが、ついに、原田元牧師は、その被害者Bさんに対する性的加害の事実を認め、「申し訳ありませんでした」と口頭での謝罪を行った。そこで、確認のためその場で、被害者Bさんに対する加害の事実と、謝罪の意を表す文書を書くよう求めたところ、原田元牧師はそのようにし、署名捺印した。
また、その後、さきに裁判に訴えた被害者Aさんの事案など、別件についても、性的加害の事実の問いただしたところ、その一部を認めたので、それらの事案についてもそれぞれの被害者に対する加害事実と被害者への謝罪文をその場で書くように求めたところ、原田元牧師はこれに応じて3通(合計4通)の事実確認と謝罪の文を書き、署名捺印した。
今後、どのようにしていくかについては、本人も混乱していると述べたので、10日間ほど考える時間を与えるとし、散会した。
11月14日(水)
原田元牧師の要請により懇談。(高地主教、三浦恒久司祭、井田泉司祭、宮嶋眞司祭出席)冒頭、原田氏より、彼の記憶している事件の経過を聞いたが、Aさんから告発された事実については否認を続けている。また、2001年当時の退職撤回時の経緯については、明確でない点も多く、今後も事実確認の積み重ねが必要であることを伝え、特に被害者の方々の尊厳の回復こそが最も大切なことだということを強調した。
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去年の11月23日の時点では、被害者は6人ということになっている。その中で、最後に申し出たのがBさんなのだが、このBさんに関しては、主教や司祭たちがBさんと付き添いの方を同伴して、原田文雄司祭の所へ強引に押し掛けている。何故、このBさんに関しては京都教区はここまでしたのかが大きな疑問として残っている。そして「そこで、確認のためその場で、被害者Bさんに対する加害の事実と、謝罪の意を表す文書を書くよう求めたところ、原田元牧師はそのようにし、署名捺印した」とされているが、この文書は公開されているのだろうか。当然Bさんの氏名が記されているであろうから、京都教区はこれを公開していないが、しかし、京都教区は何故この加害行為の日時と場所を発表しなかったのか。
その後、原田文雄司祭は他の5人のうち3人に対する加害行為を認め、「事実確認と謝罪の文を書き、署名捺印した」とされているが、その加害行為の日時も明らかにされていない。疑問はそれだけではない。この時に何故、京都教区はのこり2人に対する加害行為を認めさせ、謝罪文を書くことを強く迫らなかったのか。ここに最大の疑問がある。この2人のうちの1人は、原田文雄司祭による加害行為を高等裁判所が認め、その判決が確定している女性である。そして、京都教区はあの「謝罪」の記者会見で確定した高等裁判所の判決を認めているのである。それなのに、京都教区はこの2人の関しては説得を続けていない。原田文雄司祭のこの2人の女性に対する加害行為に関して京都教区は何故、原田文雄司祭に強く迫らなかったのか。その理由について京都教区は未だに沈黙し続けている。
京都教区主教は前述の「常置委員会特別報告」に関して、同日「常置委員会特別報告を受けて」という文書を教区会で発表しているが、その最後にこう記している。
「いずれにせよ、原田文雄元牧師が、真実に悔い改めて、被害者及び関係者に心からの謝罪をし、被害者及び関係者が癒されることができますように、今後も教区を上げて働きかけるつもりです。ご加祷、ご支援をよろしくお願いいたします。」
しかし、この働きがその後どのように行われているかに関して、被害者側に報告があったということは、少なくとも被害者の正式な代理人のホームページには出ていない。「今後も教区を上げて働きかけるつもりです」と言っているのであれば、この半年の間になにもしていないということはないだろう。それとも、あれは「つもり」であって、「する」ということではないのだろうか。
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