体験したことのない事態


 日本聖公会にとっては、いままでに体験したことのない事態が発生した。懲戒申立が出されたという事態だが、そもそも、明らかになっている被害者だけで6人もいる性的虐待事件が起こったのだから仕方があるまい。日本のキリスト教会で、ここまで悲惨なことが起こったことがあっただろうか。それも、被害者の多くは未成年者であった時だという。

 一般常識から考えて、それが明らかになった時に、加害者である司祭を懲戒免職にしておくべきだっただろう。にもかかわらず、「事実無根」という加害者の言葉を信じてか、まったく問題を回避してしまい、刑事時効の関係で民事裁判を提訴されても、日本聖公会京都教区はほとんど裁判を傍聴しに行っていなかった。そして、最高裁で上告が却下されても、「事実無根」とか「最高裁に抗議する」という声明を出していた。

 そして、被害者が他にもいると判って初めて、教区の責任者である主教と常置委員が「謝罪の記者会見」なるものを開いたのだが、教会でも教区事務所でもなく、県庁でそれを開いたという。その理由は未だに明らかにされていない。そして、この「謝罪の記者会見」で、司祭の性的虐待行為を事実として認めていながら、一旦支払ってしまった幼稚園の園長としての退職金の返還を要求していないという。(一部には返還要求をしたという説が流れているが、それが事実であるという証拠を教区は提示していない。

 おまけに、懲戒申立に関して、その申立書の補正命令が審判長でもある主教から出されたそうだが、その内容たるやまったく意味不明のものであり、ある意味では極めて理不尽なものであるという。しかも、日本聖公会の法憲法規とやらにも抵触したものだと聞いているが、ここまで来ると見苦しいということを超えて、正に日本聖公会がカルト化していると言わざるを得ない。現職の司祭が、勤務教会で、しかも礼拝堂や香部屋で未成年者に対する性的虐待を行っていたことが明らかになっているにもかかわらず、「陪餐停止」という法憲法規にない処分で済ませていること自体、日本の法秩序にまったく反したことなのだが、そのことをも日本聖公会京都教区は認識していないという。日本は、宗教法人法をもう一度見直す必要があるかもしれない。

引き延ばし作戦


 この一ヶ月、新しい情報が入らなくなった。新撰組をはじめ、日本聖公会京都教区を知っている人々のブログも沈黙してしまった。審判廷への申し立てがなされたからだろうと思うが、その審判廷がいつ開かれるのか、審判廷が開かれることをどのように告知するのかに関しても、誰も知らされていないのだろうか。

 それとも、申し立てた人々が疲れるのを待っているのだろうか。「糾す会」などは数年にわたって活動してきているようだが、かなり疲れてきていることは間違いないだろう。この疲れたた時に、最高に効く薬は声援であることが多いのだが、日本聖公会の聖職者や信徒のごく一部の人々しか表に出てこない。不思議なことだ。公然と名乗り出たら、日本聖公会では追い出されるのだろうか。実際に追い出された司祭がいて、追い出した司祭の一人は、被害者の父親に連れられて、かなり遠くまで謝罪に行ったらしい。

 あの県庁で開いた謝罪の記者会見で、性的虐待行為が長年にわたって行われていたことを日本聖公会京都教区は認めているのだから、いまさら何を審議しているのか。実に不可解なことが起きているようだ。そう言えば、昨年の教区会とやらで配られた主教文書には「日本聖公会の審判廷への懲戒申立には『3年の時効』(第210条)があって、現行法規では審判廷によって懲戒することは非常に困難であると思われます」と書かれていたようだが、この「困難」性を何とか回避することを考えているのだろうか。

 引き延ばし作戦をしているのだとしたら、あまりにも見苦しすぎる。そんな暇があったら、一刻も早く、被害者とその家族から出されている要求に答えるべきだ。そして、審判廷を開いて、問題を誠実に解決すべきだろう。日本聖公会京都教区は加害者の立場に立つのか、それとも被害者の立場に立つのか。しかし、日本聖公会京都教区はあの謝罪の記者会見で、被害者の立場に立つことを宣言したのではないのか。

国家と教会法


 最近になって、ごく身近なところから耳にしたことなのだが、日本聖公会京都教区の顧問弁護士もH司祭の現在の弁護士も日本聖公会の信徒ではないらしい。基本的に弁護士は国家の憲法や法律に基づいて考え判断するのだが、日本聖公会の審判廷は教会法としての「聖公会綱憲」や「日本聖公会法憲法規」に基づいて行われる。この両者の間には、基本的に大きな相異がある。憲法や法律(政令や省令も含む)、あるいは地方自治体の条例は、国家ないしは地方自治体のものであり、教会法は教会の権威に基づいたものである。言い換えれば、教会法は教会の信仰と不可分な関係にあり、聖書と教会の伝統に依拠している。

 それ故に、国家の法秩序では「犯罪」にならないことでも、教会では「罪」として考えられていることがある。「姦淫」などはそのいい例だろう。この姦淫に関しては、教会で「姦淫」と訳されている言葉が持つ意味と、刑法に記されている「姦淫」ではまったく意味が異なっている。そして、教会では「姦淫」は重大な罪であるが、日本はかつてあった「姦通罪」を削除した。ここで言う「姦淫」と「姦通」の間に、それほど大きな意味の相異はないように見える。あるいは家計を一にし、同居ている夫婦間で、金銭や物品の無断使用は国家の法では犯罪にならないが、夫も妻も対等な一つの人格として考えると、聖書的には「盗んではならない」という十戒の規定に違反しているように思える。

 確かに、近代国家における法体系は、当該社会を支えている文化や価値観(あえて宗教とは言わないが、「究極的価値体系」と宗教社会学で言われているもの)の上に成り立っている。例えば、満17歳の女子高校生が結婚する場合、高校を自主退学することを勧めている都道府県が多いと聞いている。いまだに、誰も訴訟を起こさないから、裁判所がどう考えているか判らないが、アメリカ人が聞いたら驚くだろう。日本の場合、国家の法律である民法で、満16歳以上の女性は結婚出来る権利を有しているとされている。にもかかわらず、総務省も文科省も都道府県の教育委員会の判断を否定することはしていないように思える。これも、訴訟が提起され、最高裁が判断するまでは結論は出ないのだが、こうした結婚を日本聖公会の教会はどのように判断するのだろう。日本の文化的歴史的価値観を許容するのか、それとも「個の尊重」を支持するのか。

 審判廷に関して、興味深いことも耳に入ってきた。H司祭の性的虐待に関して審判廷の申し立てが行われたのだが、日本聖公会京都教区の主教や常置委員が審判員に入っているそうだ。しかし、問われていることには、単にH司祭の性的虐待行為だけでなく、K主教が法憲法規などにはない「陪餐停止」をH司祭に科したことも内容的には、極めて密接に関連しているのではないのだろうか。だとしたら、主教がそのまま審判廷の審判長をすることが公正であり得るかどうか。確かに、法規的には問題がないかもしれないが、ある意味では、そうした意味から日本聖公会の法規には問題があるかもしれない。これは、他の教派でも同じような矛盾が見られるのだが、日本では教会の中にまで「なぁなぁ主義」が蔓延しているのだろうか。

やはりカルトだった


 日本聖公会京都教区はやはりカルトだった。審判廷の申し立てに行った京都教区「糾す会」の代表の方を排除してしまった。理由は見えすぎるくらい見えている。「糾す会がなければ、これほど面倒なことにはならなかった」という身勝手な思いが、日本聖公会京都教区の中にあるのだろう。だから、なんとしてでも糾す会を排除したかったのではないのか。ということは、糾す会がなければ、日本聖公会京都教区はH司祭の性的虐待事案を隠し続けていたということが十分に考えられる。

 他の教区などで、アエラのあの記事を読んだ信徒から質問された司祭は、どのように答えたのだろう。「問題は解決しているそうです」と答えたのだろうか。いまどき、児童に対する性的虐待がどういうものであり、そうした事件を起こした人がその後どうする可能性が高いかということを知っている人はかなり大勢いる。国会でも論議され始めようとしているからなのだが、日本聖公会京都教区はそうした現状をまったく知らないのかもしれない。

 事実、児童に対する性的虐待をした人が、再びい同じような犯罪を犯す可能性が高いことは、世界的な常識になりつつある。それでいながら、日本聖公会の聖職の中には、「被害者も喜んでいたのだから問題はない」ということを言っている人がいると聞いた。本当だろうか。日本の刑法では、被害者がどう考えていようが、どう思っていようが、12歳以下の児童に対して行った性的虐待行為は犯罪であると規定されているのだ。と答えたら、「刑法など関係ない」というようなことを言った人さえいたらしい。

 それが本当だとしたら、日本聖公会京都教区はやはりカルトだったとしか言いようがない。他人を傷つけようと、他人を蔑視しようと、聖職者は裁かれないのだと思っていよう思える。それでいながら、人権に関しては積極的に発言している聖職者が目立っている。しかし彼らは、日本聖公会京都教区の問題には一切触れようとしていない。その理由が見えないから、不信感が高まるばかりだが、この後、日本聖公会京都教区はどのような対応をするのか。審判廷を開廷するのか。それとも申し立てを主教が一方的に却下してしまうのか。日本聖公会の法憲法規では、主教が一方的に却下できるとは記されていないのだが。

日本聖公会は消えるか


 日本聖公会が消えることなどあり得ないし、日本聖公会が消えたからといって、問題が解決するわけでもなかろう。問題は、慰謝料請求裁判で勝訴した被害者と日本聖公会の関係者が要求していることが行われるかどうかの問題だ。2001年4月7日の常置委員会で退職を決定しておきながら、4月17日に退職決定を撤回し、H司祭を復職させた詳しい経緯を公開してほしいという要求が、いまだに日本聖公会京都教区に受け入れられていないことが一番の問題ではないのか。

 誰もが考えることだろうが、何故、京都教区は常置委員会記録を被害者とその家族に公開しないのか、不思議で仕方がない。2005年12月9日に開かれた「謝罪の記者会見」の「謝罪」とは何だったのか。おまけに、H司祭は6人の被害者のうち4人に関してはその事実を認め、謝罪文を認めているそうだが、残りの2人に関してはいまだに加害行為を認めていない。一体それは何故なのか。京都教区の主教や常置委員会はそれをどう考えているのか。

 この問題に関する現時点での一番大きな問題はそこにあるだろう。「糾す会」だけでなく、この問題に関する多くの支援者はこの点を重要視すべきだと思っています。以前に「二次的加害者」という言葉が使われていたが、最高裁での却下が決定された後も、「冤罪」という言葉を使っていた常置委員会は、一体何を考えていたのか。そして、昨年の秋に、4人に対する加害行為を認めたH司祭に対する処遇が、「陪餐停止」のままでいいのかということを何故、真剣に考えようとしないのか。

 「陪餐停止は追放を意味する」と言った司祭がいたそうだが、「陪餐停止」の意味をもう一度、教会史の視座から考えていただきたい。信徒を陪餐停止にしたら、その信徒は追放されたことになるのだろうか。教会は歴史の中で、言葉を厳密に考えてきたはずではないのか。日本聖公会は、そうしたこともまた問われていると思う。